言葉にして形を成すもの



✍🏻

・サワガニに、
脱ステロイドでたんぱく質を摂取するためによく作っている 蒸し鶏のくず部分をあげると、
普段あげている金魚のエサよりもものすごい勢いで食いついてくる
取れてなくなったハサミのほうでも確保しようとするそぶりをみせるので
腕がないのに感覚があるやつ(幻肢)みたいだな、と思う


・梅雨前のブルーベリーの苗は、オトシブミにとっての産科婦人科みたいになっていた🌱
(あの、葉っぱをクルクルに巻いてゆりかごにする虫ね)
絵本や教科書などでなじみのある虫のわりに見かけない(見つけられない)ので
姿はなくともそのたしかな存在に嬉しくなる、
葉っぱをダメにしちゃってるのはコラーなんだけど

そんなブルーベリーの葉は、雨のたびに水をぷるぷるの球体に仕立て弾くのでうっとりする、
剪定した枝を水に浸けたら茎まで全部空気の膜を纏ったので感動した
植物は、こういう本にもインターネットにも載っていない、育てた人だけがわかる
「どうでもいいこと(でもちゃんと理由があってそうなっていること)」が多くて好きだ

鉢植え、地植えももちろん好きだけど最近は切り枝が好きで
花壇を多年草で楽しむより季節ごとの花を植えたいくらいには飽き性なので、
そのサイクルにも切り枝がちょうどよい(そろそろ変えようかなというタイミングで枯れてくる)、
花よりもずっと管理がラクで楽しい、
何より単純に、リビングの日当たりがあまりよくないので鉢植えを置くのに向いていない、
かといってフェイクグリーンではやはり限界がある、本物の緑が少しでも室内にあるとそれだけで救われる何かがある

庭山に生えているテキトーな木を見繕ってくる時間も好きだ、その木の正式名称を探す時間も。

ずっと近所の藪に1本だけ紛れてて、でも異彩を放ってるこれはなんだろう…
と思っていた木が、先日メタセコイアだとわかった
幹のかんじがスギに近くて、でも葉はマメ科みたいで、
それらを頼りに調べても全然わからなかったのに
旅行雑誌に掲載されていた「通年見頃!メタセコイアの並木」と掲載されていた写真でハッとなった🌲
先月、別の場所でも同じ木を見つけてここにもある…と心のマップに印をつけておいて、
そこを次に通った時に運よく植木屋さんが剪定されていたのに、
それはなんの木ですか?と尋ねなかったことを一生後悔するんだろうなあ〜と思っていたれけど、
今回の答え合わせもまあ悪くはない気がした

七夕の、笹はすぐ枯れちゃう(葉が丸まる) 南天はえらく長持ちしている(現在進行形)
ツバキの葉はラミネートしたみたいにツヤツヤ
サルスベリが咲き始めて、私の中の「梅雨だよ」の札がひっくり返されて「夏が来たよ」で掛け直される

自分の国の歴代の首相も言えないなんて恥、と
ホームステイ先のおばあさまに咎められたという話はどこでだれに聞いたんだっけ、
それなら私は日々暮らしていて目にする草花の名前くらいは答えられるようになりたい


・リビングの間取り上、どう使っていいかよくわからない空間に、
1ヶ月かけてコツコツと棚をDIYしたのだけど、肝心の乗せるものがなかった٩( ᐛ )و
遊びに来た人が「モノが少ないね」というくらいにはスッキリした部屋だけど、
「あったら便利はなくてもいい」というけれど、
必要最低限しか存在しない空間はやはり乏しくなる、
かといって、オブジェやアートフレームやの類がアレコレあるのも苦手で難しい…
ごちゃついたようにしか置けないセンスのなさが問題かもしれない、

オイルステインを初めて使ってみたけどおもしろかった、
修理とかをする家具屋さんで働くのも素敵!などと夢を見てしまう、転職先の候補が増えていく


・愛しのリータちゃま🍪( @pipopa___ririri )が遊びに来てくれたときのスナップ





ランチした「Gion duck noodle」は、澤部さん(スカート)が行ってて
ずっと気になってたの🦆(わたし、こういうのばっか)
料理・店内・接客などすべてにおいて、いい大人がお付き合いする前のデートとしてセレクトしたら
間違いなく株が上がるご飯屋さんやんけ…というかんじでした😂

「ぎおん 石」の人の少なさや「フランソア」の女心掴んでくるかんじも堪能したよ
京都に住んでるのにそのよさをちっとも駆使できていないので
もうちょっとこういう、名店名所巡りをしたい☕️

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小説は当てずっぽうで選んだわりにアタリが多かった(装丁で選ぶと女性作家ばかり)、
最近の子(というくくりはかなり雑ですが)は
「ギターソロを飛ばす」「アルバム全体を通しではなく聴きたい曲だけ聴く」
という話をききますけど、本もわりにそうだよな、と思うなど(私は律儀に順番通りに最初から最後まで読みますが…)

"かつて自分にとっても周りの人間にとっても世界のすべてだった「本」は、実際の世界に出てみると数ある趣味の一つでしかなく、しかもだいぶマイナーな趣味なのだった"

﹏﹏﹏



『情報を正しく選択するための認知バイアス事典』高橋昌一郎

話題にあがったので読んでみたけれど、名のとおり「事典」で
「ふーんこういうことにも現象として正式名称がついているのか〜」ぐらいで、
発見はあっても即実践できるみたいなのは少ない気がした
(身につける活用できるのは意識しないとむずかしい/なんでもそんなものか)
「フォルス・メモリ」は、ゴールデンカムイで尾形がアシリパさんにあんこう鍋のくだり話すやつみたいじゃんよ…!

確かに覚えているはずなのに、とっさにその単語が出てこないことを
「舌先現象」というそうなんだけど(アレだよ!アレ!)、日本語では「喉まで出かかっている」なのに、
他国では「舌の先に乗っている」「舌の頭にある」「舌でそれを失った」「舌の先で輝く」なんていうらしくて
日本だけが「喉」…!こういうの最高…!ってなった😂

﹏﹏﹏



『サキの忘れ物』津村記久子

短編集なので気負いせずに読める
形式も主人公もさまざまで飽きさせない、ストレスのない文体

「王国」のデリラ、小さい頃私も見えててよく遊んでいた(メモ)
「真夜中をさまようゲームブック」がにゃんたんみたいでテンションあがった、辿り着くはバッドエンドだったけれども
「隣のビル」が好きで、日常のちょっとした答え合わせは必要だと思った、
だから私も植物の名前をいちいち調べたりするんだろうか

喫茶店のくだりで、この店では
"パソコンでだらとだらと仕事をしている姿を誰かに見せるためだとか、読書をしているという雰囲気に浸りたいだけだとか、どこかのもぐりに見える英会話教室の外国人と生徒が、授業をするためにだとかで客が訪れているのは見たことがない。"
って遠回しにスタバのことをディスっているようで笑った

"だいたいの物事は、最後だからといって格好がつくわけではないだろう、これもそうだ"

﹏﹏﹏



『踊る星座』青山七恵

こちらも短編集(のような構成、正しくは)

1話目の「ちゃぼ」からして、夜中に読むの間違ってたかな…と後悔したくらいぞわぞわがすごかったのに
全体を通してずっとその空気を保っているなんて!下手なホラー映画よりずっと不可解でよい、
5あたりからようやく、あっこれ短編じゃなくて同じ主人公でちゃんと続いている話だ、と気づいた、
それぐらい前半は突拍子がない(後半はさすがに情報が増えるので)
各話の扉絵の星座が意味しているものが読み終わるとわかるので楽しい

いやーもう最高だったのに、ネットでは「意味がわからない」だの
「序盤で読むのをやめた」だの評価の低さにびっくりよ、
デイヴィット・リンチ作品が好きな人は多分受け入れられる、大歓迎レベルで!

「奥さんの漂流時代」が、『サキの忘れ物』でいう「ペチュニアフォールを知る二十の名所」に似ていた、
こういうちょっとした、わかりやすくおもしろい箸休めが短編集には必ずある、視点が本人じゃなくなるからかもしれない


"その本を書いたのはわたしなんですよ - まあ、わたしの書いたことはそのまま信じてしまうのに、目のまえにいるわたしの言ったことは信じられないというわけですか。活字の力は偉大です"

"ジャケットを脱ぎ、片足だけあぐらを組むようにサテンのスツールに座り直した探偵は、最初の印象よりも十歳は年老いて見えた。角度のせいなのか急に額に横皺が増え、カウンターで対面していたときには見えなかった白髪まで生えてきたようだ。 部長の言いかたを借りるなら、美だけではなく老いもまた、はっきり目に見えるものらしかった。"

"ああおばあさんだと思った。 あたし、と言ったからではない、それがおばあさんの声だったからだ。おばあさんの声というのは確かにある。長い年月のあいだに幾度もの転調を経て辿り着いた特別な調のなかで、濁っていたりかすれていたりふるえていたりする声。叩きつくした鍵盤の余韻だけで鳴っているような声。わたしはどんなひとごみのなかにあっても、そこにいるおばあさんがなにか一言でも呟けばただちにそれと聞き分けられる。"

"わたしは「北風と太陽」の寓話を想った。岩のような頑迷さは力によって打ち砕かれるのではなく、ただ穏やかな温情によって溶かされる……とはいえその穏やかさの裡にもある種の頑迷さが含まれなければ温情の成分は正しく機能しない。結局はどんな対立も辛抱と辛抱の闘いなのだ。勝者も敗者も遠く離れてみれば誰にも見分けがつかず、わたしもこのおばあさんも遠目に見れば似たような存在なのだ。それなのになぜ、わたしは一生変わらずわたしのままで生きていかねばならないのか。"

"共用のロビーにはセブンティーンアイスの巨大な自動販売機がいくつも設置してあり、本体をかじりつくしてもなお白いプラスチックの棒をえんえんとしゃぶりつづける子どもたちがあちこちにたむろしていた。"
↑これ、コーンが増えちゃった今ではあんまり見られない光景だけど、小さい頃よくやっていた行為なのでおなじように見ている人が他にもいたのかと感動した、

﹏﹏﹏



『ムーンライト・イン』中島京子

前半の不穏感、中間の解凍具合、残り1/3の壮絶さ、そうくるかー感と納得
「小説だからこそね〜」な流れを主体としつつ、たまの「現実ってそんなものだよな」の混ざり具合が心地いい、
わたしは虹サンの、酔いしれて語る側に立ちたい気持ちがわかるので
「それはアウトなのか…( ᵒ̴̶̷᷄ ⌑ ᵒ̴̶̷᷅)」と一緒に戒められた気持ち(シュン)

映画化がなりうる物語🎬(=良作映画一本見終えたあとの清涼感)
違うんだけど、マリー・ジョイは長谷川潤さんのイメージで読み進めていた

﹏﹏﹏



『母親になって後悔してる』オルナ・ドーナト/鹿田昌美

前回ちょっと紹介したけれどその時はプロローグまでだったので
訳がちょっと読みづらい(特有のまどろっこしい日本語が多い)のと
わりとどの章でも似た結論が多いので全部読む必要はないかもしれない、


"研究者たちは、セックスに応じることはセックスを望むことと同義ではないため、望ましい性行為および/または性的関係を説明するための「同意」という表現を使うと、女性がセックスを拒否するよりも同意することで危険を回避するさまざまな状況を無視してしまいがちである、と論じている。"

"これらの説明は、「自然の摂理」と認識されているのは必ずしも母になることではなく、むしろ人生の軌道に沿って前進することであることを示している。
女性にとっての「自然な」「普通の」人生の軌跡が存在するという概念が、母になるのが自然な道だという遺伝子決定論の文化的概念に力を与えている。しかしこれは、異性愛規範の文化的論理に大きく依存している。つまり、基本的に一連の進歩的な段階の積み重ねであり、すべての人が従わなければならないロードマップに学校、仕事、交際、結婚、親になるという節目が入っているという考え方が、男女の両方に教え込まれているのである。この「自然」で「普通」の道についての規範的な物語が、具体的に語っているのは、「正しい」ライフコースとは何か、「正しい」時期に、「正しい」ペースで「正しい」軌道をとるために必要な行動は何かについてである。"

↑子を生んで得られるメリットは「結婚はまだ?」「子供はまだ?」みたいな年齢相応の典型攻撃がなくなるだけ、というところと繋がる

"母を主体として認めることは、母を役割として規定している社会では当たり前ではない。役割としての母とは、子ども劇の中で演じられるような母だ。この社会的台本によれば、母は主体(スクリプト)ではなく客体(サブジェクト)であり、他者の生活に奉仕するために存在する独立変数なのだ。
(略)タッカーによれば、母性を役割や義務や職業ではなく、「関係」として捉え、話すことで、さまざまな母のシナリオが作成でき、筋書きのなかにもっと複雑で多様な女性の人生を織り込むことができるのだ。母であることが「役割」と認識されている限り、利用できる唯一のシナリオは「完璧な母」であり、そこを目指すしかないそれは実際には「理想的な従業員」と言える。なぜなら、役割は成果主義の仕事を中心に考えられており、成長した子どもが「製品」であるからだ。"


"ティルザ、スカイ、ナオミは、「お芝居」「ショー」「フリ」「らしい」などの言葉を使っている。良き母と認識されるために、「母に求められる感情とそれに応じた行動」を実行してみせる必要があるということだ。"

"子どものために自分の人生をあきらめました。そしてふり返って――いいえ、今〔だけ〕ではなく、当時から思うのは、母になることで奪われたものは取り戻せないということです。子どもと過ごす時間は楽しいですが、一緒にいる時が最高に幸せだというのは、嘘と欺瞞です。嘘と欺瞞。"


フタを開けてみれば『母という役割にうんざりしている』が正しい題名だと思う
作中で「母であることを消したいという願いは、愛する子どもを消したいと願うのと一緒ではない」とか、
「子はほんとうに素晴らしいけど、ただ母でいたくないというだけ」など、
繰り返し子の存在は肯定していたので、この題名ゆえに物議を醸しているんじゃないの、と思ったりした
結局これも見出しで衝撃を与えて中身は違うじゃないのっていうヤフーニュースみたいな戦法かよ、と思ってちょっと萎えるなどした

そしてそれならば、母になったことも、子どものことも後悔している人、にとっての救いはどこなのか
「母になったことを後悔しているといいづらい社会構成の問題」が重きだとは思うのだけれど、
「社会は理想の母親像を求めているけれど、母になったことがしんどいと言ってもいい!でも子自身は素晴らしい!」ということは
「母になったことがしんどい!子どももいらない!」という人にとっての暴力、
結局「それは思ってても言うんじゃないぞ」という同等の威圧をかけているのではないのでしょうか〜〜?

(勘違いされる方もいらっしゃるかもなので補足すると、私がそうだということではないです、
そういう気持ちで助けを求めるように本を手に取った人は、人格を疑われる否定されたことになるねっていう話。
そしてそれは「その母親がおかしい、狂気」なわけじゃなくて
「そういった母親が相談できる機関や助けてくれる制度がない、全ての責任が母に向いている社会の問題」
ということを忘れないでほしい)

「生まないという選択肢を取ると、じゃあキャリアをがんばるんだね!と勝手に出世街道をひかれる」
というのも興味深かった、
私も、趣味にしろ仕事にしろ、生まない理由を勝手に結びつけていることがあるかもしれない 注意しなくては


私は、LINEのアイコンやスマホの待受やに我が子の写真を起用することはなくて、
そうしている人は、子への愛しさゆえの行動(常に触るものだから愛するものにして当然)だとはわかるし、
そういうのをしない自分は子への愛がそんなにないのか…とも思ったけれど、
子は親の所有物ではない
自分がもし他の人のアイコンされたら私は「いやだ」と思う
と考えているからというだけの話だ、そこで愛だ何だは測れない

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◆草花の名前

・トベラ - モッコクに似ている木。トベラの方が小さい(庭木や生垣に使われる)
・シルバープリペット - 高樹さんちの庭で巨大化している木。
・ヒシの実 - 天然のまきびし。琵琶湖によく流れ落ちているやつの正体。
・アカメガシワ - 日々、通学路を狭くしている大きな葉、新芽は赤い。
・コノテガシワ - トゲトゲの実がつく木。『魔法陣グルグル』のマタデーに似ている(もっと似ているのは「フォックスフェイス」という木)

・ハクウンボクとハクモクレンは違います、後者の葉っぱは先っちょがクリ頭

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◆比喩で使われる(元ネタがわかってないと伝わらない語)

・ロトの剣 - ドラクエから。その人にしか使いこなせないの意味で
・インパール - 史上最悪の作戦の意味で
・ファラリスの雌牛 - 拷問の一種。死ぬかと思うほどの熱に
・ユダヤ教のラビ - 指導者のこと。ここでは黒シルクハットに黒ヒゲ丸メガネの風貌のことを指す

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◆意味

・けんもほろろ - 人の頼み事や相談事などを無愛想に拒絶するさま。取りつくしまもないさま。
・諦念(ていねん) - 1)道理をさとる心。真理を諦観する心。2)あきらめの気持ち。
・剣呑(けんのん) - 危険を察知すること。不安を覚えるさま。
・耽溺(たんでき) - (よくない事に)夢中になって、それ以外の事を顧みないこと。
・卓抜(たくばつ) - 他のものよりもはるかにすぐれること。卓絶。
・内省(ないせい) - 自分の心と向き合い、自分の考えや言動について省みることです。
・慟哭(どうこく) - 悲しみに耐えきれず声を上げて泣くこと。
・幣帛(へいはく) - 神前の供物。特に、御幣(ごへい)。
・夜伽(よとぎ) - 夜、物語などをして相手になること。寝所で、女が男の相手をすること。
・反故(ほご)にする - 約束などがなかったことになる。物事を無駄にしたりする。
・エポック - (新しい時代を作る)画期的な・注目すべき・記念すべき出来事。

オー・ヘンリー - 短編作家 自分へ:読んでください

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(こういう日記的出来事を時系列にしか書けないクソ)

「KIRINJI 弾き語り ~ひとりで伺います」
7月8日(金) @京都・京都文化博物館 別館ホール


KIRINJIのライブに行ってきました🎼
(2013年までは"キリンジ"で、兄・高樹さんと弟・泰行さんの兄弟ユニットでした、
そして結果、私は泰行さんになびいたのはみなさまご存知のとおり)



とはいえ、新譜はちゃんとチェックするし
今までもアルバムごとのツアーライブはちょこちょこ観に行っていたので
コトリさんがいたときも、いなくなったあとも知ってる、
とくればひとりになった今も行くでしょう?
ただ普段の情報収集とかは、泰行さんほどの熱は帯びていなくて。
とかいいつつ購入先着順で入場できるチケットの、整理番号1を獲得してて笑いました 必死か?


平日夜の開催だから無理だよなあ、と思ってあきらめていたのだけど(万年ワンオペ)
事前のインスタライブでやられたんである、やっぱり無理!ってなる、心奪われる

一縷の望み…⁝(ᵒ̴̶̷᷄൧̑ ᵒ̴̶̷᷅ )⁝と仲のよいママ友にお願いしたら、ふたつ返事で
「わあ〜いいね〜!いってきなよ₍₍ ( ๑॔˃̶◡ ˂̶๑॓)◞子たちはうちで見ておくから💕」
となるんだもの、神様はここにいたんですよ

(夫には、頼んだところで仕事だからとつっぱねられるだけだし、預けることになったことも
他人に迷惑かけてまで行きたいことなの?などと言うに決まっているので
いまだに彼はこのことを知らない、なんてこの関係終わっててせつない、
これも「母とは自分の好きを押さえても子の面倒を見るもの」という概念ゆえになのか…)

.

ライブにひとりで行くの、単純に
「子たちがいるからすぐ帰らないといけないし、ぼっち(キリンジ好きが周りにいないし、
他のファンの方ともほとんど繋がっていない)だから」とこれまでは思ってたけど、
「ひとりじゃないと100%集中できないから自分で好んでそう選んでいる」のかもしれない、

誰かと行くとなると「何時にどこどこ集合ね」とか終演後はどうするとか、
もしいい席が1人分ぽっかり空いてても見送らなくちゃいけないとかがあるもの

ということに、そのママ友と話しているとき「ガチだねえ〜ww」と笑われたことにより気づく、
そうか、これは、私は、ガチなのか…?(自覚なし!笑)


高樹さんだし、と思って完全に気を緩めていたけれど(失礼な)
それはいくらなんでも、と思いなおし 前日に急いで4ヶ月分の黒髪を染めに行く、
いざ会場ではプリンがザラにいる(ライブはあくまで音楽を楽しむものだ)ということなんて、
今までの経験上知っているけれど
私の中で「ライブのときは身なりを整える」のは礼儀みたいなもので、
ライブというよりデートに近いんだなあとおもう 演者と私のデート
普段塗らないマニキュアだとか服のシワだとか会場への道すじだとか、そういうのを気にしている、

ああだからこそひとりがいいのか ガチじゃん

.



「ライブ会場まで自転車で行ける」なんて感覚もう忘れちゃってた、いつも天気はわりに私の肩を持ってくれる
会場はやっぱりポスターとか全然なくって(泰行さんのときもそうだった)、
本当にここか!?って疑いたくなる外観(もう最近はフライヤーを刷らないの?)🏫
明日から始まるゴールデンカムイ展しか貼ってないし その量の多さにウケけました、わかるけど!

整理番号1をムダにしないために急いだ結果、開場時間ぴったりに到着できたけれど
まずはファンクラブの方から呼ばれていてそりゃあそうだよな、なんて目が覚める(一般)
あいかわらずの年齢層の高さに少し疑問を覚えた、
最近のKIRINJIたるや20代あたりのハートをわしづかみ中でしょうが!(マヌ調べ)
(けど、終わった後に後ろの列を見渡したらきちんと(?)若者ばっかりだった、
「古参のガチ勢」と「最近のファン」が目に見えて表れるわけですか…)
そうだそうだ そうだった、プリンうんぬんより「そもそも髪を染めていない人」が多いのだった


はじまるまでの間は本を開く、こういった喧騒の中で取る最善の選択だと思う
タイトルに引かれて買った短編小説だったけれど、どのお話も着地が美談だらけでひどくかゆくなった、
短編たるもの深いところまでいけないから誰のことでも撫で回して終わりにするのか、
帯に、読者ランキング1位!だの何万部突破!だの書いてあるものったらやはり信用でーきーなーいー!

などと思ってるうちにあたりが暗くなった


(公式さんからいただきました)

・純粋に楽しみに来ている(何を演られてもあの曲ねってわかるくらいにはファンしている)ので、
あれやってほしー これ弾いてくれたらいいのに!は特になかったけど
強いてあげるなら「もしもの時は」「「あの娘は誰?」とか言わせたい」かなあと、
「ロープウェイから今日は」とかもやったら盛り上がりそうなんだけど!
(どれもやりませんでした😂)


・エレキに持ち替えてすぐやってくれた「ONNA DARAKE!」の、
ブツブツ切れるように慣らしていた音が春雨を包丁で切っている音だなと思った(?)
あああれはアコギみたいなナリなのにエレキなのか…「Drifter」のPVで弾いてたやつじゃありませんこと?
(と思って確認したら泰行さんが弾いてたやつじゃん…高樹さんのを貸してたってこと?)

(即レスさん画像お借りしました🙏ありがとうございます)

・口を結んで下を向いているときの鼻から下が泰行さんソックリすぎて、
元カレがチラつくのってこういう気分なのかなと

わかってるんだよ、兄弟がどうとかそういう目で見ずに堀込高樹という個人として楽しむべきことなど 失礼なことなど
でも私の入り口は堀込兄弟でのキリンジだったから
この2人に同時に救われてきすぎたのでどうしても切り離して考えることができない、
きっかけを思い出として蔵まいすぎて、枷に変わっていることに気づいているくせに
だから(?)せめてそれぞれの好きさを愛で、比べてどうってことはしてはいけない


・泰行さんが「最近母親に似てきた」と言ってたので
つまり高樹さんは父親に似ているのではとおじさんとおじいちゃんの間な姿を見て思う、


・「再会」を聴きながら、私はいま死んでもよいなと強く思った
ああこの人は 私のこれまでの人生でいちばん耳に流したメロディを作った人だ、
死にゆくときにかけてほしい曲(耳をうずめて)を作った人だった、と知らしめられた

私はさ、泰行さんに会えるとこれからも生きようって温かく引きしまるような気持ちになるんだけど
高樹さんだと死んでもいいになってしまう、温かさは同じでもその熱でほろほろに崩されてしまう
なぜそうなのか、は今はうまく言語化できないけれど ただただおもしろいねって


・保育園に、漢字こそ違うけれど「たかき」という名の50すぎのお父さんがいるので、
「高樹さんも、保育園で送迎とかしてる父親のひとり、ということがありうるんだよな…
(現にお子様もいるので)そういう時代があったんだよな…」と思ってしまう、
二次創作の妄想のよう


・(これはライブとは関係ないメモですが)高樹さんのラジオを聴いていると、
いわゆるラジオ職人みたいな?ネタや距離の近いリスナーが多い印象で笑わせてくれる、
泰行さんのラジオのリスナーは、ないと処されるのか?と思えるほど
みなさん冒頭に「泰行さん、スタッフのみなさんこんにちは」とつけていて
そのくせ流れる空気は地域の公民館での週1の茶飲み友達同士みたい🍵

高樹さんが気を衒うことなく言葉で遊んでなんでも歌にして笑わせてくれるおじさまなら、
泰行さんは柔らかい少年の面を被った、ゆえにたまに男気見せてくる癒しかわいらしいネコ…



心配していた時間よりずっとずっと早くに終わってさみしさと安堵のどちらも流れ込む、
ほんの何分か前は、前を向いたその場所に必ず高樹さんが立っていたのに今は影も形もないなんて

雲と空の白と黒とがまだ逆転しない空を左手に見ながら北上してゆく、
昼間はクローズしていて営業しているのかすらわからないお店も
あたたかな電飾でその輪郭が浮かびあがりその奥が意外と広いことまでも教えてくれる
20:00前の、今日に幕をしめる前に一息ついている雰囲気を、
ひとつひとつ箱を覗いていくように流していくのは悪くないなとおもう
「あたりが暗い時間にひとりで外にいる」ことにいちいち罪悪感を持たないようにしたい、


「リフレッシュ」というのは子育てにおいてあまり意味をなさなくて、
よく、ママひとりの時間(お買い物とか 友達とお茶するとか 今回みたいなライブとか)を何時間かもらって
「リフレッシュできた?」なんて聞かれるけど、
そ う い う こ と じ ゃ な い 〜 〜 と思う、
「有休取って休んでも、結局いない間大丈夫かなとか仕事のことばかり考えてしまう、逃れられない」というのと似ている

息抜きをしたところで変わらず日々は続くのだ
根本から大きく変わらないと繰り返してしまうだけなのだ
『母親になって後悔している』は、つまりこういう地続きの、たとえ物理的に離れたとて
100%自分のものにならない時間が嫌だ、ということだ

(これはもしも、子が亡くなっても「いたことを思い出す時間」「母であった事実は変わらない」ので、
「生んで一緒にいない」のと「そもそも生まない」のは違うという話だと)


余韻に浸る間もなく自転車をこいでいく
そうだねえ、私もただ、「母という役割にうんざりしている」だけ🚲